「どこのホテルに連れて行かれるかも分からないまま、真っ暗な夜の上海をバスで移動していた。」
ついにビザがおり、上海に渡航することになった。
コロナ禍真っ最中だったため、到着後すぐに2週間〜3週間のホテル隔離があると聞いていた。
そのため、自分が持てる最大限のスーツケース3つに、3週間生き抜くための食料や生活必需品を詰め込み、日本を後にした。
上海到着〜想像以上に厳しい入国手続き
上海の空港に到着すると、まず健康コードや必要書類のチェック。
その後、PCR検査や発熱の有無の確認が行われた。
このPCR検査が、日本とは比べ物にならないほど痛かった。
細い棒を鼻の奥まで一気に入れられ、そこから容赦なくグリグリとかき回される。
思わず体がのけぞるほどの痛みだった。
周りを見ると、泣いて怒り出す人や、鼻血が出ている人もいる。
その光景にさらに恐怖が増し、自分の番が来るのが怖くてたまらなかった。
そして、住所の区ごとに分けられた待機場所へ案内され、ホテル行きのバスを待つことになった。
事前に中国語は全く勉強していなかったため、何を言われても理解できない。
どこのホテルに連れて行かれるのかも分からず、不安はどんどん大きくなっていった。
6時間待機からの行き先不明のバス
待つこと、約6時間。
ようやくバスが到着した頃には、外はすっかり暗くなっていた。
バスの中でうとうとしていると、突然バスが停まり、防護服姿の係員が大声で何かを叫び始めた。
すると、何人かが荷物を持って降りていく。
でも、降りない人もいる。
「私はどうすればいいの…?」
聞きたくても中国語は話せないし、判断する時間もほとんどない。
早朝からの移動で心身ともに疲れ切っていた私は、「とにかく早く休みたい」という一心で、思い切ってバスを降りた。
ようやく到着した隔離ホテル
その後は、言われるがまま受付を済ませ、黄色いゴミ袋に入った当日分の食料や、体温計、抗原検査キットを渡された。
そして、あっという間に部屋が割り当てられた。
ホテルには正面玄関ではなく、暗い従業員用の入り口から入る。
エレベーターも業務用のものだった。
隔離ホテルは当たり外れが大きいと聞いていたので、
「どうか当たりであってほしい」と祈るような気持ちだった。
“ハズレ部屋”だった現実
――が、どうやら私のホテルは“ハズレ”だったようだ。
前の宿泊者の髪の毛が残る床、ほこりだらけのシャワールーム。
床はベタつき、スーツケースを広げる余裕もないほどの狭さ。
日本のビジネスホテルと同じくらい、もしくはそれ以上に窮屈に感じた。
中でも一番つらかったのは、太陽の光が一切入らない部屋だったこと。
一日中薄暗い空間で過ごしていると、時間の感覚がどんどん失われていく。
気持ちも沈んでいき、「ここで2〜3週間過ごすのか」と考えるだけで、涙が出そうになった。
唯一の救いはWi-Fiだった
それでも、ひとつだけ救いがあった。
一番心配していたWi-Fiは、問題なく使えたことだ。
すぐに夫へ無事を報告し、ようやく少しだけ気持ちを落ち着かせることができた。
……とはいえ、ここから始まる隔離生活がどれほど過酷なものになるのか、この時の私はまだ知らなかった。
