連絡をくれない夫と、ワンオペ育児で限界だった私の話
今、横浜で、もうすぐ3歳の子供と夫と3人で暮らしている。
子供は保育園に通い始めて、もうすぐ1年。
すぐ隣は東京都で保育料が無料なのに、横浜市はとにかく高い。
我が家は月75,000円ほど。正直、住む場所を間違えたなと思うことも多い。
保育園は8:00〜18:00。
朝の送りは夫、帰りのお迎えは私が担当している。
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駐在に同行するために仕事を辞めた私も、
結局は働かないと生活は回らない。
でも「時短の正社員」での再就職は想像以上に難しかった。
さらに夫は今後また転勤の予定もある。
そのため、今は派遣で9:30〜16:30の事務職として働いている。
家から職場までは遠く、毎朝7:30に家を出る。
帰宅は17:40頃。そこからすぐに保育園へお迎え。
乗り換えは毎日ダッシュ。
駅でも保育園でも、とにかく時間との戦いだ。
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ギリギリでお迎えに間に合い、そこからは怒涛の家事・育児。
子供のご飯を作って食べさせる。
食器や水筒を洗う。
洗濯物を取り込み、たたむ。
保育園の汚れ物を片付けて、翌日の準備。
お風呂を洗って一緒に入り、また洗濯機を回す。
絵本を読んで、寝かしつけ。
気づけば、寝かしつけに入るのは20時過ぎ。
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週の半分くらいは、そのまま寝落ちする。
22時〜24時頃に目が覚めて、そこからまた家事。
洗濯物を干して、おもちゃを片付けて、
余力があれば夫のご飯を作る。
寝るのは1時か2時。
そして朝は5:30に起きる。
正直、もう限界に近い。
これまでにも上海でのロックダウンなど、色々な経験をしてきたけれど、
今回のしんどさはまた別の種類のものだと感じている。
最近、異常な疲れを感じていた。
原因は橋本病だった。
今年で40歳。
2人目の妊活も始めている。
体力的にも精神的にも、本当にしんどい。
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そんな中で、夫は週に2〜3回は飲みに行く。
時には終電を逃して朝帰りもある。
フルタイムで働いてくれているのはありがたい。
でも正直、自由でうらやましいと思ってしまう。
キャリアも途切れずに進み、
家事はほぼゴミ出しだけ。
それでも、感謝や労いの言葉は一切ない。
橋本病になったときも、「大丈夫?」の一言すらなかった。
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そして、今一番つらいのは――
「連絡がないこと」。
飲みに行くのは、もう仕方ないと思っている。
でも、せめて一言でいい。LINEが欲しい。
こちらは、限界の体で
「今日は食べるかな」と思いながらご飯を用意して、
少し話せるかもしれないと待っている。
それなのに、何の連絡もなく――
24時頃に届く
「飲みに行ってて、今から帰ります」のLINE。
愕然とした。
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この人には、思いやりがないのだろうか。
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今まで何度も伝えてきた。
飲みに行くのはいい。
ただ、一言連絡がほしい、と。
トイレに行く時間があるなら、
LINEを送る時間もあるはずなのに。
毎回この話になると、夫は黙り込むか、「ごめん」とだけ言って終わる。
そして、結局なにも変わらない。
話し合えないことが、こんなに辛いとは思わなかった。
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「これからは働き方や暮らし方を見直して、家族の時間を増やしていきたいね」
そう話していたはずなのに、現実は真逆だ。
仕事は増え、休日出勤も増えた。
しかも無償。
どんどん、家族の時間は削られていく。
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本当の希望は、シンプルだ。
ただ一言、連絡がほしい。
それだけ。
でも、それを3年近く言い続けてきて、何も変わらなかった。
もう、これは「できない人」なのかもしれない。
そう思い始めている。
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だから、考え方を変えることにした。
平日は、最初から夫のご飯は作らない。
余裕があるときだけ作る。
そうすれば、急に飲みに行かれても、連絡がなくても、
少なくとも今よりは、気持ちは揺れない気がする。
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「それはかわいそう」と思う人もいるかもしれない。
でも、私ももう限界だ。
まずは、自分が倒れないこと。
そのために、手放せるものは手放していく。
正しいのかは分からない。
でも、今の私にはこれが精一杯の選択だ。
